認知症の話 Vol.2|予防——お酒と前頭葉・生活習慣病との関係(Lancet 2024の14因子)
認知症の予防 Vol.2|お酒と前頭葉・生活習慣病との関係(Lancet 2024の14因子)

認知症って結局「歳をとれば仕方ない」病気なんでしょうか?予防できることは本当にあるんですか?

いいえ、「仕方ない」ではありません。
2024年のLancet委員会報告(世界の認知症研究者が集まる権威ある委員会)では、認知症の約45%は生活習慣を整えることで予防または遅らせることができると結論づけられています。
特に重要なのが、過剰な飲酒と生活習慣病(高血圧・糖尿病・肥満・脂質異常症)。当院が日々お話ししているテーマと完全に一致します。
Vol.2では、お酒と前頭葉の関係、生活習慣病と認知症の連環をじっくり整理します。
目次
Lancet 2024:認知症の14の修正可能リスク因子
2024年7月、Lancet委員会は認知症の予防可能な因子を14個に整理しました。これらに対策すれば、世界の認知症の約45%を予防または遅らせる可能性があります。
| ライフステージ | 因子 | 推定寄与(%) |
|---|---|---|
| 幼少〜青年期 | 低教育(教育期間が短い) | 5% |
| 中年期(45〜65歳) | 難聴 | 7% |
| 頭部外傷 | 3% | |
| 高血圧 | 2% | |
| 過剰飲酒 | 1% | |
| 肥満 | 1% | |
| LDLコレステロール高値(2024新規) | 7% | |
| 喫煙 | 2% | |
| 抑うつ | 3% | |
| 運動不足 | 2% | |
| 糖尿病 | 2% | |
| 高齢期(65歳以上) | 社会的孤立 | 5% |
| 大気汚染 | 3% | |
| 視力低下(白内障など、2024新規) | 2% | |
| 合計 | 14因子 | 約45% |

2024年版で新たに追加されたのが「LDLコレステロール高値(中年期)」と「視力低下(高齢期)」。
従来から指摘されていた高血圧・糖尿病・肥満に加え、脂質管理も認知症予防として捉える時代になりました。
お酒と前頭葉:「飲み過ぎ」は脳を縮める
アルコールは肝臓だけでなく、脳にも大きな影響を与えます。特に標的になりやすいのが前頭葉(判断・抑制・計画・社会性をつかさどる)。
お酒で脳が悪くなる4つのルート
| 機序 | 内容 |
|---|---|
| ① 直接的神経毒性 | アルコール代謝物のアセトアルデヒドが神経細胞を傷害。前頭葉・小脳・海馬が特に脆弱 |
| ② ビタミンB1(チアミン)欠乏 | 大量飲酒で吸収・代謝が悪くなり、Wernicke脳症→Korsakoff症候群を起こす |
| ③ 脳萎縮(特に前頭葉) | 慢性飲酒で前頭葉・小脳・脳梁の体積が減少。MRIで「脳が小さい」状態に |
| ④ 動脈硬化・脳梗塞 | 高血圧・脂質異常を介して血管性認知症リスクを上げる |
アルコールによる脳の障害(疾患名で整理)
| 疾患 | 特徴 | 可逆性 |
|---|---|---|
| Wernicke脳症 | 急性。眼球運動障害・運動失調・意識障害の三徴。ビタミンB1欠乏 | 早期治療(高用量B1点滴)で回復 |
| Korsakoff症候群 | 慢性。新しいことを覚えられない(作話)。Wernickeの後遺症 | 多くは不可逆 |
| 慢性アルコール性脳萎縮 | 長年の飲酒で前頭葉中心に萎縮。判断力・抑制低下・性格変化 | 断酒で部分的に回復することがある(特に若い人) |
| アルコール関連認知症 | 上記が重なり総合的に認知機能低下 | 断酒で進行は止められる |
| Marchiafava-Bignami病 | 稀。脳梁の脱髄、性格変化・けいれん | 治療しないと致死的 |
| 肝性脳症 | 肝硬変で起こる意識障害・人格変化 | 肝機能改善・断酒で改善可能 |
前頭葉が縮むと何が起こるか
- 抑制が効かない:怒りっぽくなる、衝動買いが増える、人前で失礼な発言
- 計画・段取りが下手に:仕事の手順、料理の段取りが崩れる
- 注意・集中力低下:会話が続かない、本を読めない
- 意欲低下:何もする気が起きない、無気力
- 判断力低下:詐欺・浪費・お金の管理ミス
- 社会性の障害:身だしなみ崩壊、対人トラブル

前頭側頭型認知症(FTD)とアルコール性前頭葉障害は症状がそっくり。
「最近、性格変わったね」「我慢が効かなくなったね」と言われる方は、毎日の飲酒量を一度見直す価値があります。
どのくらい飲むと脳に影響が出るか
| 1日純アルコール量 | 脳への影響 |
|---|---|
| 0〜10g | 現時点で明確な悪影響は示されていない |
| 10〜20g | 週7単位(56g)を超えると脳(基底核)の鉄沈着が増え、実行機能・処理速度の低下と関連(Topiwala 2022, PLoS Med。脳体積ではなく鉄沈着を見た研究) |
| 20〜40g | 脳の灰白質が明らかに減少 |
| 40〜60g以上を10年以上 | アルコール性脳萎縮・認知症リスクが顕著に上昇 |
純アルコール20g=ビール中ジョッキ1杯/日本酒1合/焼酎ロック1杯。毎日2杯×10年が一つの目安です。

「毎日少しなら脳にいい」は最新の研究で否定されています。
WHO(2023年、Lancet Public Health)は「健康への影響という点で安全な飲酒量は存在しない」との声明を出しています。なおLancet 2024の認知症委員会報告は、飲酒を「週21単位を超える過剰飲酒」をリスク因子と定義し、週21単位未満に抑えることを推奨しています。
量を減らすだけで脳の萎縮を止められる、または回復させられる可能性があります。
お酒を減らすための具体策
- 純アルコール 男性20g・女性10g/日以下を目安に
- 週2日以上の休肝日
- ストロング系チューハイをやめる(500ml 1本で約36g)
- 飲酒記録をつける(スマホアプリでOK)
- 家にお酒のストックを置かない
- 「減らしたいが減らせない」方にはセリンクロ(飲酒量低減薬)という選択肢
- 関連記事:お酒で肝臓が悪くなる仕組み
生活習慣病と認知症のつながり
Lancet 2024の14因子のうち、5つは生活習慣病関連(高血圧・糖尿病・肥満・LDL・喫煙)。「血管に悪いことは脳にも悪い」が大原則です。
| 疾患 | 認知症リスクへの影響 | 対策記事 |
|---|---|---|
| 高血圧(中年期) | 血管性認知症・AD両方を増やす。脳の白質病変も増加 | Vol.2 高血圧の生活対策 |
| 糖尿病 | AD発症リスクが約1.5倍。「3型糖尿病」とも呼ばれる脳のインスリン抵抗性が関与 | Vol.4 糖尿病・前糖尿病の生活対策 |
| 脂質異常症(LDL高値・中年期) | 2024年版で新規追加。寄与7% | Vol.3 脂質異常症の生活対策 |
| 肥満(中年期) | 炎症・インスリン抵抗性経由で認知症リスク増 | Vol.6 肥満・メタボの対策 |
| 喫煙 | 血管性・AD両方のリスク。禁煙でリスク低下 | 禁煙外来(チャンピックス自費)対応 |
| 過剰飲酒 | 前頭葉萎縮・血管障害 | お酒で肝臓が悪くなる仕組み |
| 運動不足 | BDNF(神経成長因子)低下、海馬萎縮 | — |
それ以外の重要因子も忘れずに
| 因子 | 対策のポイント |
|---|---|
| 難聴 | 寄与7%(中年期最大)。補聴器の早期導入で認知症リスク半減との報告も |
| 抑うつ | うつは認知症リスクを上げる。早期治療が重要 |
| 社会的孤立 | 寄与5%。週1〜2回の人との交流が脳を守る |
| 視力低下 | 寄与2%(2024新規)。白内障手術で改善するケースも |
| 頭部外傷 | 寄与3%。スポーツ、転倒、交通事故の対策 |
| 運動不足 | 週150分の有酸素+週2回の筋トレ |
| 大気汚染 | PM2.5への長期曝露。住環境の見直し |
FINGER試験:「複合的介入で認知機能改善」
2015年に発表されたFINGER試験(フィンランドの大規模ランダム化比較試験)では、60〜77歳の認知機能リスクが高い1,260人に、食事・運動・認知トレーニング・血管リスク管理の複合介入を2年実施。
- 対照群と比較して認知機能スコアが25%改善
- 実行機能(前頭葉機能)は83%改善
- 処理速度は150%改善
- 介入は「地中海食的な食事+週2〜3回の運動+頭の体操+健診と血管リスク管理」
- 日本版の類似研究(J-MINT試験)は、主要評価項目では全体として有意差がなく、血管リスク因子が未治療・コントロール不良の人に限って有意な認知機能の改善が見られました(Sugimoto 2025)
当院でできる「認知症予防」のサポート
- 生活習慣病の継続処方(高血圧・脂質異常症・糖尿病等)— 内科主治医あり前提
- セリンクロ(飲酒量低減薬)の自費処方
- 禁煙外来(チャンピックス自費)
- 生活習慣の見直し相談(食事・運動・睡眠・節酒)
- 当院では認知症の薬(ドネペジル・メマンチンなど)は処方しません。診断・治療は対面の専門外来へ
よくある質問
-
赤ワインが認知症予防に良いって聞きました
-
かつて「ポリフェノールが」と話題になりましたが、近年の大規模研究で「適量の飲酒も認知症リスクを上げる」ことが分かってきました。
Lancet 2024やWHO 2023の見解は「飲酒に安全な閾値はない」。脳の健康のためには飲まない選択がベストです。
-
運動はどんな種類がいいですか?
-
週150分の中強度有酸素運動(速歩・水泳・サイクリング)+週2回の筋トレが王道。
加えてダンス・卓球・テニスのような「複数の動作を組み合わせる運動」は前頭葉を強く使うため認知症予防に効果的です。
社会的交流もセットになるのでなお良し。
-
脳トレ・パズルは効きますか?
-
続けている間は効果があるとされますが、それだけで認知症を防げるわけではありません。
むしろ重要なのは「新しいことに挑戦する・人と話す・体を動かす」の組み合わせ。
楽しんで続けられるなら脳トレもOK、苦痛ならやめてOK。
-
サプリで予防できますか?
-
イチョウ葉、DHA/EPA、ビタミンE、ホスファチジルセリンなど、認知症予防のサプリは多数ありますが、大規模研究では明確な予防効果は確認されていません。
お金をサプリに使うより、運動・食事・節酒・社会参加に投資するほうが効率的です。
-
地中海食って具体的に何ですか?
-
オリーブ油・魚・野菜・全粒穀物・ナッツ・豆類を中心にした食事パターン。
日本の和食(魚・大豆・野菜・海藻)も近い効果が報告されており、無理に地中海風にしなくても、和食ベース+オリーブ油・ナッツを少し意識でOK。
逆に減らしたいのは赤身肉の過剰・加工食品・砂糖入り飲料。
-
家族が「お酒を減らさない」と言って聞きません
-
まず「健康診断のついで」「家族の心配」として一緒に内科受診を提案するのが現実的。
受診でγ-GTPやAST/ALTの上昇、脳MRIでの萎縮などの客観データが出ると本人も納得しやすいです。
「飲み過ぎを減らしたいが減らせない」段階なら、セリンクロという選択肢もご検討ください。
もう少し詳しく
「3型糖尿病」仮説:脳のインスリン抵抗性
アルツハイマー型認知症の脳では、インスリンシグナルが障害されていることが分かってきました。
体の糖尿病に加えて、「脳の糖尿病」が起こっているとも言える状態で、「3型糖尿病」と呼ばれることがあります。
糖尿病の人がAD発症リスクが約1.5倍になる背景には、この機序があると考えられています。
認知予備能(cognitive reserve)の考え方
同じだけ脳が萎縮しても、「認知予備能」が高い人は症状が出にくいとされます。
認知予備能を高めるのは教育、知的活動、社会的交流、運動、複雑な仕事。
何歳から始めても遅くなく、引退後の趣味・ボランティア・友人関係も認知予備能を支えます。
睡眠と認知症:アミロイドβのクリアランス
脳にはグリンパティック系という老廃物排出システムがあり、睡眠中(特に深い睡眠)に最も働きます。
慢性的な睡眠不足はアミロイドβ(ADの原因物質)の蓄積を促進することが分かってきました。
7時間前後の睡眠と、睡眠時無呼吸症候群(SAS) 詳しくはSAS検査の記事への評価・治療は、認知症予防の重要な柱です。
参考文献・情報源
- Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404:572-628.
- Topiwala A, et al. Associations between moderate alcohol consumption, brain iron, and cognition. PLoS Med. 2022;19(7):e1004039.
- WHO. The Lancet Public Health, January 2023(健康への影響を考えた時、安全な飲酒量は存在しない)
- Ngandu T, et al. The Finnish Geriatric Intervention Study (FINGER). Lancet. 2015;385:2255-2263.
- Sugimoto T, et al. The Japan-Multimodal Intervention Trial for Prevention of Dementia (J-MINT): The Study Protocol for an 18-Month, Multicenter, Randomized, Controlled Trial. J Prev Alzheimers Dis. 2021;8(4):465-476.
- Sugimoto T, et al. Efficacy of a multidomain intervention in older adults with vascular risks: The Japan-Multimodal Intervention Trial for Prevention of Dementia (J-MINT). Alzheimers Dement. 2025;21(11):e70822.
- 厚生労働省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」2024年2月19日
- 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」
まとめ
- 認知症の約45%は生活習慣で予防可能(Lancet 2024)
- 中年期の高血圧・LDL・肥満・難聴・過剰飲酒がカギ
- お酒は前頭葉を縮める。性格変化・抑制低下のサインに注意
- 毎日純アルコール20g以下+週2日以上の休肝日
- 飲酒量を減らしたい方はセリンクロという選択肢あり
- 当院では生活習慣病の継続処方・セリンクロ自費・禁煙外来で予防をサポート(認知症の薬は処方せず、診断は専門外来へ)
家族向け・受診タイミング編はVol.1もご覧ください。
▼ シリーズの他の回(認知症のサインと予防・全2回)
- ▸ Vol.1 もの忘れvs認知症・受診タイミング
- Vol.2 予防(お酒・前頭葉・生活習慣病)(この記事)
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この記事の監修者

- 梅田北オンライン診療クリニック 院長
-
【経歴】
産業医科大学 医学部医学科 卒業。済生会系病院での臨床研修・救急、総合診療勤務を経て、複数の企業で嘱託や専属産業医を歴任。
その後、産業医学・公衆衛生の専門性を活かし、「梅田北オンライン診療クリニック」を立ち上げる。
現在は京都大学大学院(社会健康医学系専攻)を修了し、働く人々の健康や医療アクセスの課題に向き合いながら、臨床と予防の両面から医療の新しい形を実践している。
【資格・所属】
日本産業衛生学会・社会医学系専門医・指導医/労働衛生コンサルタント(保健衛生)/公衆衛生修士(MPH)/産業医科大学産業医学ディプロマ/日本東洋医学会/JATEC・ACLS・AMLS修了 ほか
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